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「伝の心」で記された闘病記録 2017

「伝の心」で記された闘病記録

「伝の心」で記された闘病記録

ジュウマンブンノイチ
ダメ親父のALS闘病記|まえがき

まえがき

まず初めに なぜこの手記を書こうと思ったかについて。
入院中ただ漠然と毎日を過ごしていた時、伝の心というツールを手に入れることが出来ました。使っていくうちに、そうだ記憶が失せる前に今までのことを書いてみようと思ったのです。


私は以前、建築関係の仕事をしておりました。ある日突然病気にかかり病名を告げられてからは不安で、ネット記事を読みあさりました。そのとき生の情報が少ないような感じがしたので、同じような境遇の人に少しでも参考になればと又、この病院では珍しい病気ではないかもしれないけど、この病気がどのように進行していき、そのとき何を考えていたかなど医療従事者の方にも参考になればと公開することといたしました。

2014年7月 記

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患者さま・ご家族様の声

ジュウマンブンノイチ
ダメ親父のALS闘病記|2017
1月 初めての正月

2017年 1月

入院して初めての正月を迎えることとなった。この病気を告知されてから丸二年が経過したことになる。その時二年後の生活がこんなことになっているとは想像もできなかった。ここに入院する前だが、D病院のDrに私の病気の進行具合はどんなものなのか聞いたことがある。超特急でもなければゆっくりでもないらしい。一般的に呼吸器を付けなかった場合の与えられた時間が数年とするならば、残された時間はあと二年ほどになるのであろうか。

もうおせち料理など食べることはないだろうと思っていたが、病院食で大好きな伊達巻や栗きんとんが出てきたので少しではあるが正月気分を味わうことが出来た。

ジュウマンブンノイチ ダメ親父のALS闘病記|2017 2月に続く...。


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患者さま・ご家族様の声

ジュウマンブンノイチ
ダメ親父のALS闘病記|2017
2月 経管栄養

2017年 2月

自分では病気の進行が止まったか、すごくゆっくりになった気でいたのだが実際は違うようで周りの生活が少し変わってきた。

トイレだが今までは座らせてもらったら一人で大丈夫だったが、常時見守りになってしまった。自分では何でと思うのだけれど介助するほうから見れば危なっかしくて事故でも起こされたら困るからだろう。あと首には頸椎カラーを付けるようになった。自分でもわかっていて首の筋肉がやせてしまったせいか頭が重く感じ動かしたときにカクカクしてしまうようになっていた。うっとうしいので付けたくはなかったが、介助するほうからすれば付けてもらいたいようだ

現時点で最終的に気管切開してまでの呼吸器の装着は望んではいないのだが、呼吸器がどんなものかとお試しで練習するようになった。というのは、夜間に酸素量が足りていない時間がたまにあるらしい。この先苦しくなってきたときに付ける付けないは別として、もし付けたいとなった場合、少しは練習して機械に慣れていないとうまく使えないようだ。

今までは朝昼晩と三食食べさせてもらっていたが、朝食が中止になり経管栄養のみになった。おかずにもよるが飲み込むのを失敗するとむせることが多くなってきた。病院からすれば極力、誤嚥性肺炎のリスクを無くしたいようだ。

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ジュウマンブンノイチ
ダメ親父のALS闘病記|2017
3月 食べる楽しみ

2017年 3月

先月朝食が中止になったばかりなのだが、とうとう昼食と夕食も取り止めになってしまった。今まで本人の希望で肺炎になっても構わないからということで食べさせてもらっていたが、食事中にむせることが多くなり病院側からすればほんとうに肺炎にするわけにはいかないようだ。これから先一生ご飯もおかずも食べられないと思うとなんか複雑な思いだ。でもこれで誤嚥してむせ苦しむようなことが無くなったので良しとするしかない。必要な栄養は経管からとるようになったので口からは食べる楽しみとして、トロミたっぷりのジュースとヨーグルトなどを食べさせてもらっている。

造ったときは納得できなかったのだが、この頃になると元気なうちに胃ろうを造っておいてよかったなとつくづく思う。体も弱ってきて何もかも自分専用にカスタマイズされた環境設定によって生かされている今、これから胃ろうを造ろうとほかの病院へ行くことなど考えられない。

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ジュウマンブンノイチ
ダメ親父のALS闘病記|2017
4月 桜をみる

2017年 4月

久しぶりに病院の外に出た。桜がきれいだからとPTさんが散歩に連れていってくれた。暑くもなく寒くもなく晴れも雨も関係ない生活をしているため季節感があまりない。外は冬の寒さも去りすっかり春めいていて気持ちがよかった。去年も一昨年も桜は咲いていただろうが病気のことで頭がいっぱいで桜を見るなんて心の余裕はなかった。たまたま連れてきてもらった場所は、以前ラジカットを打ちに通っていた病院の駐車場のわきの桜の木だった。ここに来るとかみさんに連れられて通っていたころのことを思い出した。車いすから車へ乗り移るときいつも苦労していて、あの頃は何もかもがいっぱいいっぱいだった。今は桜をみる余裕がある。心の中では病気のことを受け入れるようになったのだろう。

病気の進行が止まっているように感じていたが、最近状況が変わったことがある。今まではかすかに動く右手の人差し指で伝の心のタッチスイッチを操作したりナースコールを押せていたが、まるっきり手が動かなくなった。こうなることは想定していたので、事前に頭で操作する練習していたのですんなりと移行することが出来た。ナースコールはOTさんがすぐに対応してくれて、かすかに動く足で操作できるようになった。

たまたまマイトビーを試す機会があった。使ってみた感想は、専用の眼鏡のようなものを付けるのかと思ったが裸眼で文字を認識できるようで驚いた。慣れかもしれないが見つめているところが文字になるのでぼ~とすることが出来ず目が疲れるような感じがした。あと視界の先に常にモニターがあるので少しうっとうしい気がした。伝の心を購入するときに検討したが、一番のネックは百万オーバーの値段だろう。

ジュウマンブンノイチ ダメ親父のALS闘病記|2017 5月に続く...。


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ジュウマンブンノイチ
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5月 毎日毎日があっというまで

2017年 5月

今月で入院してちょうど1年が経ちました。入院当初は病院生活になかなかなじめず苦労しておりましたが、最近は不思議なくらい毎日毎日があっというまで1年が経過した感じです。毎日好きなテレビを見てマッサージをしてもらって、かみさんには申し訳ないような生活を送っております。

家にいるときに比べたら病気の進行がものすごいゆっくりに感じていたが、1年前に比べて大きく変わったことがある。自分の手で白米や刻んだおかずを食べれていたが、今は手がまるっきり動かなくなり、食べるものもお粥でさえうまく飲み込むことが出来ずにむせることが多くなったため食事が中止になった。

最近ジュースやプリンなど甘いものしか口にしていなかったので違うものが食べたくなり、茶わん蒸しとネギトロを食べさせてもらった。茶碗蒸しは問題なかったが、ネギトロはうまく飲み込むことが出来なかった。正月に出たときには食べれたのに、嚥下障害が進んでいるようだ。

ジュウマンブンノイチ ダメ親父のALS闘病記|2017 6月に続く...。


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ジュウマンブンノイチ
ダメ親父のALS闘病記|2017
6月 梅酒作り

2017年 6月

普段飲んでいるジュースの他に何か飲みたいのある?と聞かれたのでダメもとで梅酒が飲みたいといったら意外にもあっさりOKが出た。本当はビールを飲みたいのだが今となってはのど越しを楽しむことも出来ないし、コーラやサイダーで試してみたが炭酸の飲み物にとろみをつけると不味くなるので味が想像できる。そもそもビールというのは仕事を頑張ったご褒美にクワ~と飲むからおいしいのであって、今の自分には資格がないようである。

近所のスーパーに連れてきてもらって梅酒を買った。久しぶりのお酒、たまに少し飲むくらいなら罰が当たらないだろうか。今まで梅酒というのは家で作っていたと話したら、調理実習の一環として病院で作ってもいいことになった。病院の中でこんなことしている人は私以外にいるのだろうか。

調理実習の一環として病院で梅酒作り
調理実習の一環として病院で梅酒作り

日頃書いているこのコラムを病院のHPに掲載するようになってから閲覧数が増えたとかやらで表彰されることになった。生まれてこの方卒業証書以外にこのようなものを貰ったことがなかったので、頂けるものはありがたく頂戴することにした。

ジュウマンブンノイチさんへの表彰状
表彰状

院長ブログ 2017年6月号

●「ジュウマンブンノイチさんへ感謝状を贈呈」

ジュウマンブンノイチ ダメ親父のALS闘病記|2017「妻からのメッセージ」へ。


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患者さま・ご家族様の声

ジュウマンブンノイチ
ダメ親父のALS闘病記|2017
「妻からのメッセージ」

ALS闘病記「妻からのメッセージ」

2017年8月 記

彼が入院してからも私の耳には時々彼の絶叫が聞こえて来た。その時彼が私を強く要していたのか、フラッシュバックだったのか。

彼が肺炎になってから 私も時々胸が痛く苦しくなった。彼の苦しみが頂点に達した時だったのだろうか。

7月22日 早朝 彼は旅立った。51歳の誕生日を迎えて10日目だった。自覚から3年、確定から2年3ヶ月、仕事を辞め2年、入院から1年2ヶ月だった。

私達は彼さえ本気で望めば そこそこ恵まれた環境にあった。彼さえ受け入れてくれればデイに通わずとも在宅介護が出来た筈だった(公的+私的アルバイトでまわす)。彼さえ本気で望めば、もっと支援を受けやすい地への転居も可能だった(24時間公的な人材を派遣してもらえる市がある)。

進行が早いこの病は迅速な判断と行動が必要で、彼が少しでも話せるうちに実行に移し新たなスタッフさん達とコミュニケーションをとる必要があった。

早い段階から保健師さんソーシャルワーカーさんに相談にのってもらい、ALS協会と繋がりを持ち、胃瘻の造設、リルテック、エダラボン投薬も順調に出来ていた。(当初から多めに栄養を摂取し体重を維持させていた。これも予想より寿命をのばした一因かもしれない。介護は体重がある分大変だった)

元々 彼は、生活の変化を好まない人だった。彼の負担になりにくく在宅介護しやすい環境を提案しても、ことごとく却下した。保健師さんが何度も説得してくれた。ドクターが諭してくれた。けれど、彼は 私には勿論 ケアマネージャーさんにも凄んだ。

周囲の意見を聞き入れず 自分の分を超えた行動を単独でとり、ケガを繰り返し 騒いだ。(買い物に一緒に行かなくなったのは車椅子に乗るのを頑なに拒否した為。ヘルパーを派遣してもらう事も拒んだ。自分の病を正しく理解しようとせず何事にも積極的ではなかった)

一部のALS患者に、前頭側頭型認知症(FTD)に似た症状が出るという。それは、病気そのものの進行の他に本人や介護者にとって大きな負担になるという。彼は、それだったのではないか。一旦パニックを起こすと、家族ではどうしようもなかった。元々の性格と、不自由な身体の為の性格の変化なのかは首を傾げる。

只 公的助成が状態に追いつかず後手にまわった事が彼をより気難しくさせ 気力も失わせたのは確かだ。

病院のスタッフさんは、そんな彼の意見を尊重し、だからこそ一層たいへんになった看護、介護を根気強く続けて下さった。彼も、身体は不自由ながらもそれなりに快適に楽しそうに過ごしていた。

在宅時から鶴巻訪問看護ステーションを利用し、本人のみでなく家族の心も気づかってもらった。同じ三喜会 鶴巻温泉病院に入院してからは、大勢のスタッフさんが入れ替わり立ち替わり彼の元に来てくれ、まるで彼の家族代わりになろうとしてくれているかのようだった。仕事が生きがいだった彼の新たな『生きる糧』になるよう、このように手記も掲載させて下さったのだと思う。

彼の呼吸が苦しい時も、常に労りの言葉をくれた。彼が意識を失い 死に移行していく過程でも 亡骸になった後も ずっとずっとそれは変わらず、彼と私達に声を掛け続けて下さった。その姿は神々しく美しく、とても癒された。

体の一部は現世にあっても、彼は今 お釈迦様の元に居る。彼は、この不可解な病気の原因究明の為に献体となり、身体を捧げた。既成概念の「かたち」に拘らず、同じ病 同じ苦しみを持つ人が一日も早く救われるよう、彼と同じ考えを持つ患者や家族が増えることを強く願う。

働き者だった彼は、生き急ぎ過ぎた。病気を自覚してからは辛い中、よく頑張り抜いた。

当初の予想より入院後は進行が緩やかだったのは、投薬の効果、在宅時の週6日の入浴(デイにて)、週3回の訪問マッサージ、週1,2回のリハビリ、入院後の病院でのケア(心と口腔含む)、室温、彼の状態に合ったリハビリ、配慮された食事 の成果だと思う。

私達に寄り添って下さったすべての方々に感謝致します。ありがとうございました。 妻

ジュウマンブンノイチさん表彰式記念撮影

介護をされている方へ:

C病院のドクターの『自分が悪者になりなさい』という御言葉には『妻は自己犠牲し夫や家族に献身的に尽くすのが美徳』という古い考えと戦いなさい と言う意味も含まれていると私は受けとりました。ご自身の身体も労ってください。鶴巻温泉病院さんはレスパイト入院を最短一ヶ月毎としているそうです。在宅とのルーティンを慣例化してしまえればずいぶん負担が減ると思います。楽することは悪ではありません。


→ 在宅サポート入院(レスパイト入院)とは


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