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高齢者の医療と漢方医学
我が国は世界で最も人口の高齢化が進んだ国家です。高齢者を支えるための年金・医療・介護にかかわる費用、いわゆる社会保障支出は右肩上がりで増加しており、国内総生産の約4分の1を占めています。今後、団塊世代の高齢化に伴い、社会保障費は更に膨らむ見込みです。
高齢者が現時点ではまだ自立しているものの、加齢のため心身の働きが弱くなり、介護の必要性が高くなりつつある状態を「フレイル」と呼びます。フレイルの状態を放置すれば早晩、寝たきり状態に陥ってしまうため、「寝たきり予備軍」とも言うことができます。一方で、フレイル状態の高齢者に対して適切に対処することで、寝たきり状態になることを防ぎ、自立した状態に戻すことも可能です。厚生労働省はフレイル予防事業を推進し、要介護状態の高齢者を減らすことで社会保障費の増大を抑えようと活動しています。
漢方医学における加齢の捉え方はどうでしょうか。約2000年前の中国(前漢時代)に記された『黄帝内経(こうていだいけい)』という古典医学書があります。この本は、黄帝(こうてい)という架空の王と岐伯(ぎはく)という臣下の医学者の間で、健康や病気についてのさまざまな問題点について問答する形式になっています。
The Su Wen of the Huangdi Neijing (Inner Classic of the Yellow Emperor),
World digital library, Library of Congress から引用
黄帝は尋ねる。「昔の人はみな百歳まで生きて、しかも動作が衰えなかったと私は聞いている。今時の人は五十歳なるかならないうちに動作が衰えてしまう。これは時代や環境が異なっているからなのか、それとも人々が養生の道に外れてしまったからなのか?」
岐伯は答える。「昔の人は養生の道理をわきまえており、自然の摂理に則って、飲食には節度があり、労働と休息にも規律があって、みだりに動き回ったりしませんでした。だから、肉体と精神はとても健やかで盛んであって、天寿を全うして百歳を過ぎてから世を去ったのです。それが現在の人は酒を水のように飲み、あり得ないような生活を日常として活動し、酔っては色事にふけり、色欲のおもむくままに精気を使い果たし、元気を消耗させています。元気の素を温存せず、生命力を浪費し、快楽を貪り、養生の原則に逆らい生活習慣にも節度がありません。こんなわけで五十歳になるかならないかで衰えてしまうのです」
出典:Wikimedia Commons
2000年以上も前に書かれたとされる文章でありますが、今、読んでも、どこかうなずいてしまうような内容です。要は2000年経っても人間の本質はあまり変わっていないと言うことです。であるならば、伝統医学を現代に応用することに何ら問題はないはずです。
東洋医学では老化現象のことを「腎虚(じんきょ)」と呼びます。腎虚とは、自分が生まれた時に両親から受け継いだ生命エネルギー[これを「腎気(じんき)」と言います)]が少なくなって、燃料不足になっていることを意味します。自動車が燃料不足になれば、エンジンはかからず動きませんし、ヒーターもつかないので車は暖まりません。同じように、腎虚の人は体が動かなくなったり、体が冷えたりして全身に不具合が出ます。
老化現象を科学的に分析すると、空気から取り込んだ酸素を体内で消費する時に、副次的に発生する活性酸素が全身の細胞を傷害すること、すなわち酸化現象が関与しています。生命にとって必要な酸素が自らの細胞を傷つけ、老化現象を起こしているとは皮肉な話です。でも、この老化現象を止めることはできません。
漢方には腎虚を治す薬として「腎気丸」という薬があります。これも2000年位前に記されたとされる「金匱要略(きんきようりゃく)」という古典医学書に記載されている薬です。この薬には足りなくなった腎気を補い、冷えを改善し、鎮痛作用や手足の機能を改善し、体を元気に動けるようにする薬効があります。近年、漢方薬の作用を科学的に分析した結果、この腎気丸には酸化によって細胞が傷害されることを防ぐ作用があることが判明しました。まだ科学が未発達な時代にもかかわらず、古代の人々が、このような作用のある薬を作り出していたとは驚嘆せざるを得ません。
老年医学に対する漢方薬の効果について、臨床研究はまだ始まったばかりです。しかし、高齢者の知力、体力を向上させ、生活の質を改善する効果など、続々と臨床研究結果が報告されています。漢方薬は超高齢社会の問題点を解決する一助になるのではないかと期待されています。
障がい者・難病リハビリ病棟 医師 石田 和之
日本内科学会総合内科専門医、日本神経学会神経内科専門医・指導医、日本認知症学会専門医・指導医、日本東洋医学会漢方専門医、日本医師会認定産業医、難病指定医
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