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「伝の心」で記された闘病記録 2016

「伝の心」で記されたALS闘病記録

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「伝の心」で記されたALS闘病記録

ジュウマンブンノイチ
ダメ親父のALS闘病記|まえがき

まえがき

まず初めに なぜこの手記を書こうと思ったかについて。
入院中ただ漠然と毎日を過ごしていた時、伝の心というツールを手に入れることが出来ました。使っていくうちに、そうだ記憶が失せる前に今までのことを書いてみようと思ったのです。


私は以前、建築関係の仕事をしておりました。ある日突然病気にかかり病名を告げられてからは不安で、ネット記事を読みあさりました。そのとき生の情報が少ないような感じがしたので、同じような境遇の人に少しでも参考になればと又、この病院では珍しい病気ではないかもしれないけど、この病気がどのように進行していき、そのとき何を考えていたかなど医療従事者の方にも参考になればと公開することといたしました。


「伝の心」で記された闘病記録|ダメ親父のALS闘病記 2014に続く...。


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伝の心

意思伝達装置「伝の心(でんのしん)」


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ジュウマンブンノイチ
ダメ親父のALS闘病記|2016
1月 風呂

「伝の心」で記された闘病記録 2014-2016


2016年 1月

家の中では歩行器で歩いているが、歩行器ごと倒れてしまうことが多くなった。一度転んでしまうと一人では立ち上がることが出来なくなってしまいました。一人で家にいるときもし転んでしまって誰かに発見されるまで倒れたままでいると思うと恐怖を感じ、トイレに行くのも怖くなってしまいました。

自分で風呂に入ることが出来なくなってしまった今、風呂に入れてもらうためディに通っていると思えば少しは気が楽になった。家では経管栄養がメインでディでの昼食が楽しみだと知った所長が、毎日大盛りのご飯を腹いっぱい食べさせてくれた。

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ジュウマンブンノイチ
ダメ親父のALS闘病記|2016
2月 ラジカット

「伝の心」で記された闘病記録 2014-2016


2016年 2月

ラジカットの第一クールがやっと終わった。Drから第二クール以降も出来ますがどうしますかと聞かれたが、かみさんの負担などを考えるとどうしても続けてお願いしますとは言えなかった。この頃は車に乗るのも一苦労で一度失敗して崩れてしまうと、たとえが悪いが死体を車にでも乗せようとするとこんな感じになるのであろうか。かみさん一人では大変で10分余り格闘してやっと乗せるような状況であった。

家のトイレから出て歩行器に乗り移ろうとしたときに倒れてしまって床に頭を打ち付けてしまった。今回は出血がひどいようだ。かみさんでは手に負えず訪看さんの判断でまたもや救急車のお世話になってしまった。傷が大きかったようで7針縫うけがとなってしまった。同じところばかりぶつけているのでまるでブッチャーの額のようだった。

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ダメ親父のALS闘病記|2016
3月 訪看さんに聞かれた

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2016年 3月

ラジカットの投与が終わってしまったせいなのか、病状が一段と進んでしまったようだ。足が震えだす、よだれを垂らすようになる、吸引が始まる、普通食形状の食事だとむせる、話す言葉がほとんど理解してもらえなくなった。最後の頼みの綱であった右手が機能しなくなり、今までかろうじて出来ていたことがほとんど出来なくなってしまった。歯磨き、髭剃り、かゆいところをかくこと、コップを持っていられないのでストローで飲むようになる、ベッドから起き上がれなくなるなど。もう鏡を見ることをやめた。鼻くそが飛び出ていても寝癖がついていても自分ではどうすることも出来なくなったためだ。

訪看さんに聞かれた、「つける方向でいいんだよね、人工呼吸器を一度つけると外してと言われても外すことは出来ないんだよ、生きていく上で娘の結婚式に出たいとか孫の顔が見たいとか大きな目標とかある?」と。以前は付けてでも生き延びようと思っていたが、今となっては食べたいものが食べられるわけではないし、話したいことがすべて伝わるわけではないし、やりたいことが出来るわけでもないし、大した目標もない。かろうじて唯一自分でできている呼吸でさえそのうち機械の力を借りなくてはならないとは。今の自分にはそこまでして生き延びる自信がないと伝えた。

ジュウマンブンノイチ ダメ親父のALS闘病記|2016 4月に続く...。

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ダメ親父のALS闘病記|2016
4月 レスパイト

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2016年 4月

つかまり立ちも出来ないほど体幹が弱ってきた。転んでしまうと自分では起き上がることが出来ないので人を呼ぶのだが、かみさん一人では起こせなくなってきた。こちらとしては早く起こしてよ、なんでこんな簡単なことが出来ないの、このままの状態で放置されると思うとパニックになり喚き散らすようになった。夜中の吸引やトイレ介助も増えてきた。そんなことが続いているうちに、とうとう壊れてしまったようだ。「もう顔も見たくない、お願いだから早く死んで」とまで言わせてしまったのである。そんなこと言われても家では頼るのがかみさんしかいないのだ。

在宅介護を見据えた住宅改修がやっと終わったばかりなのだが雲行きが怪しくなってきた。レスパイトも検討したようだが、おもたい人から優先らしく自分ぐらいでは思うように使えないようだ。

ジュウマンブンノイチ ダメ親父のALS闘病記|2016 5月に続く...。

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ジュウマンブンノイチ
ダメ親父のALS闘病記|2016
5月 鶴巻温泉病院

「伝の心」で記された闘病記録 2014-2016


2016年 5月

せっかくディへ行く生活にも慣れてきたところなのにどうやら病院へ入れられてしまうようだ。もはや本人の希望など聞いてくれもしない。

歩けるうちに見学しておいた、鶴巻温泉病院が受け入れてくれるみたいだ。もう毎日風呂に入れないのと、寝癖頭を人前にさらすのが嫌だったので、生まれて初めて五厘刈りにしてみた。思ったよりさっぱりしていて気持ちがよかった。

去年の秋ごろ申請したときは却下されたが、住宅ローンの免除申請が通ったみたいだ。皮肉なものだ、あと少し働かせてくれれば終わったのに、どうせ病気になるならローンがうん千万も残っている時になってくれればよかったのにと思った。

病院へ向かう日、乗せられた車の窓から見た家の外観も、犬の顔も、周りの景色も二度と見れないと思うと目頭が熱くなった。拘置所を出た護送車が刑務所に向かうときに、車窓から外を眺めている終身刑の受刑者になったかのような気分だった。

ダメ親父のALS闘病記|2016 6月 入院に続く...。

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ジュウマンブンノイチ
ダメ親父のALS闘病記|2016
6月 入院初日

「伝の心」で記された闘病記録 2014-2016


2016年 6月

入院初日、寝る前にトイレに連れて行ってもらおうとお願いしたら今の時間は無理だから尿瓶でしろというのだ。そういえば事前説明の時に夜勤帯の時はそのような対応になると言っていたのを思い出した。とはいってもまだ8時だ、いったい何時までにしろというのだ。仕方なくトライしてみるが今まで一度もしたことがないので出そうと思っても出ないのである。我慢して朝になりまたお願いするとまだ駄目だというのである。いったい何時になったら連れて行ってもらえるのかと尋ねると9時半以降だというのだ。あと何分とカウントダウンしながら我慢していたのだが、たまらず失禁してしまう。でも寝た状態でも出るということが分かったので、次の晩からはあの時の感覚を思い出しながら徐々にできるようになった。

入院当初かろうじて自力で食べられていたのだが、二週間を過ぎたあたりで右手がまるっきり上がらなくなった。その日以降全介助での食事となってしまった。

ダメ親父のALS闘病記|2016 7月 入院に続く...。

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ジュウマンブンノイチ
ダメ親父のALS闘病記|2016
7月 すべてのことがリハビリ

「伝の心」で記された闘病記録 2014-2016


2016年 7月

おそらく発病から2年が経過したとみられる。2年前はバリバリと仕事をしていた人間の今現在はというと、見る、聞く、考えるといったことに変化はないが運動能力に関しては止まることなく進行し続けて自分で呼吸すること以外、人様の力をお借りしないと何一つまともなことが出来なくなってしまった。この辺で進行が止まってくれないと後は呼吸障害が始まってしまうのか。本当に厄介な病気だ。

今までPEG交換となると、かみさんが仕事を早出して早く帰ってきて予約時間ギリギリに病院に連れていく朝からイライラの一日がかりの一大イベントだったのだが、ここではたった2~3分の出来事だ。改めて在宅介護の大変さを思い出した。

リハビリに力を入れている病院だけあって驚かせられることが多い。今までリハビリと言えば主に身体機能の回復などのイメージであったが、患者の生活にかかわるすべてのことがリハビリの範疇のようである。簡単な装具や自助具は患者に合わせて自分たちで作ってしまう。自分が世話になっているから言うわけではないが、スタッフ一人一人ベテランから若手までが同じ目標に向かって仕事しているように見える。よほど社員教育が徹底されているのだろう。入院前に情報を得ていた電動装具ハルやコミュニケーションツール伝の心をリハビリメニューに入れてもらった。

リハビリメニュー

ハル HAL(R)(CYBERDYNE株式会社)

伝の心(株式会社日立ケーイーシステムズ)

※ナースコール・ベッドリモコン・テレビリモコンの工夫
※ナースコール・ベッドリモコン・テレビリモコンの工夫

ダメ親父のALS闘病記|2016 8月 入院に続く...。

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ジュウマンブンノイチ
ダメ親父のALS闘病記|2016
8月 「自分が悪者になりなさい」

「伝の心」で記された闘病記録 2014-2016


2016年 8月

実際にハルを体験した感想はというと、装着に少し時間がかかる。電極を体に張り付けたりと思ったより大変だ。体験するまでは歩けない人間が機械の力を借りて歩けるようになるイメージであったが実際は違った。家庭などで実用化するにはほど遠いような感じがした。でも久しぶりに歩いているような感触は味わえた。今まで文字盤を使って必要最低限の会話しかできなかったが、伝の心を使えるようになって今まで言えなかったことが伝わるようになり少し心のどこかに余裕ができたみたいだ。

かみさんと距離を置いて病院生活にも慣れてきて、ふと思うことがある。食事にトイレに移動など何をやるにも人手がかかるものだ。家ではかみさん一人でやっていたんだよな、自分の仕事、大きな子供二人の面倒、犬五匹の世話、そしておっさんの介護とやってくれてたんだなと思った。その時はもっと面倒見てくれよと思ったり、言われた通り週六日もディに通ってやったのに病院に入れやがってと恨んだこともあった。私だって頑張っているのにいつまでも悲劇のヒロインになっているんじゃないと言われたこともあった。発病から二年間本当によくやってくれたと思う。
今は感謝している。

仕事ばかりで周りの週休二日のお父様に比べたら子育ても大変だったに違いない。もう少しで子育ても終わり少しはのんびりできると思った矢先こんなことになって本当に申し訳ないと思う。また返せない借りを作ってしまったようだ。

セカンド・オピニオンをするつもりはないがC病院にこの病気のことを詳しいDrがいると聞いて、かみさんが色々なDrの話を聞いてみたいというので数カ月に一度通ってみました。そのDrがかみさんに言ったそうである。「自分が悪者になりなさい」と。最近その言葉の意味が分かったような気がした。

ダメ親父のALS闘病記|2016 9月 入院に続く...。

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ジュウマンブンノイチ
ダメ親父のALS闘病記|2016
9月 「伝の心」を申請

「伝の心」で記された闘病記録 2014-2016


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2016年 9月

目に見えての進行は落ち着いてきたような感じがする。しいて言えば最近左の腕が重く感じてしょうがない。嫌な鈍痛があり、筋肉がこわばってしまうことが多くなった。

今までは食欲の塊だったのだが、痛み止めの薬を飲むようになったせいなのか、病院食に飽きてしまったせいなのかわからないが、まるっきり食欲が無くなってきてしまった。

伝の心もだいぶ使いこなせるようになってきた。今まではリハビリの教材として病院のを借りて使っていたが、役所の助成を利用すると安く購入できるみたいなので早速申請することにした。

ダメ親父のALS闘病記|2016 10月 入院に続く...。

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ジュウマンブンノイチ
ダメ親父のALS闘病記|2016
10月 1年ぶりのラーメン

「伝の心」で記された闘病記録 2014-2016


2016年 10月

この病院に入院していて1日が長いなーと思ったことがない。基本的に土日を除けばほぼ毎日リハビリやレクレーションなどがある。リハビリの一環として調理実習をすることが出来る。日頃の食事では食べられないようなものを作るのだが、私は嚥下障害が進んでいるため普通に作ってしまうと食べられないので、STさんや栄養士さんの力を借りて作るのである。もう食べることが出来ないと思っていたラーメンを一年ぶりに食べたときは感激した。

※1年ぶりのラーメン
※1年ぶりのラーメン

以前通っていたディに全自動の麻雀卓があり、やりたいなと思っていたが通いだすと時間的制約があり幻で終わってしまった。この病院にも麻雀のゲームサークルがあるが、もう両手を動かすことが出来ない。でもスタッフさんに手伝ってもらいながらゲームをすることが出来る。自分でパイを触れない物足りなさはあるが、今では大切な気分転換の一つとなっている。

※麻雀の風景
※麻雀の風景

スタッフコラム 2016年9月

リハビリテーションの紹介「久しぶりに食べたラーメン」

ダメ親父のALS闘病記|2016 11月 入院に続く...。

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ジュウマンブンノイチ
ダメ親父のALS闘病記|2016
11月 ネットやメール

「伝の心」で記された闘病記録 2014-2016


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2016年 11月

申請していた伝の心の助成が下りたので、ようやく自分専用の伝の心を手に入れることが出来た。もう誰にも気兼ねなく使えるようになり、ついでにネットやメールも出来るようになった。会話の手段が文字盤しかなかったころに比べれば、コミュニケーション能力は格段に向上した。もうキーボードを打つことは出来ないので、パソコンに繋げたタッチスイッチをかすかに動く右手の人差し指の第二関節あたりで触れることによって操作出来るようになっている。

この病気のせいなのかよく分からないが、最近あくびをする回数が尋常ではない。一日100回は優に超えている。口を手で押さえることが出来ないので、人前で大あくびをするのもへっちゃらになってしまった。別に夜更かしをしているわけではないのだが。脳みそに酸素がいきわたっていないからあくびが出るという人がいますが、もしそうだとしたら呼吸がしっかり出来ていないのか。息苦しさとかは無いのだが。

※ベッド上で伝の心を使用している様子
※ベッド上で伝の心を使用している様子

ダメ親父のALS闘病記|2016 12月 入院に続く...。

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ジュウマンブンノイチ
ダメ親父のALS闘病記|2016
12月 経口摂取

「伝の心」で記された闘病記録 2014-2016


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2016年12月

普段どのようなものを食べているのかというと、お粥とおかずをつぶしたようなものを食べている。名目上は刻み食だが見た目はミキサー食と変わらない。飲み物にはすべてトロミが付いている。これでも相当気を付けて食べないとむせてしまう。本当だったら誤嚥性肺炎を回避するため経管栄養に切り替える頃なのだろうが、私本人の希望で経口摂取を続けている。たまにはパンを食べてみたいと思うが、もう食べられない。パン粥や似せたパンはあるが、食べたいパンとは違うのである。クリスマスや特別な日にケーキやお刺身が出ることがあるが、私の前のお膳に並ぶことはない。決まってプリンやネギトロが並ぶ。もはや噛みごたえや食感、のど越しなどを味わうことは出来ない。

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